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2024.5.6 07:00ゴー宣道場

「光る君へ」と読む「源氏物語」第3回 第三帖<空蝉 うつせみ>

「光る君へ」と読む「源氏物語」第3回 第三帖<空蝉 うつせみ>
byまいこ

 

春の園遊会において、天皇陛下は北大路欣也さんに「長年にわたり、芸術に尽力されておられますね」「NHK大河ドラマの『独眼竜(政宗)』も良かったです」とお声をかけられたとのこと。皇室の方々に労われることで誇りを持ち、各人が携わる役目を担うモチベーションを上げ、文化が継承されてゆくさまが見えるような気がいたしました。そしてもしかしたら、愛子さまや雅子さまも御一緒に、大河ドラマをご覧になっていらっしゃるのではないかしらと想像して嬉しくなりました。

「光る君へ」、まひろが左大臣邸に招かれて倫子たちと話す場面など、広々と開け放たれた寝殿造(しんでんづくり)の建物をはじめとした美術セットにも目を奪われます。物語を読み、絵を見てイメージしていた建物の構造や使い方が映像化によって、よりリアルに感じられるようになることも素晴らしい文化だなと思います。

平安時代の寝殿造は、主人の住まいで儀式・行事にも使われる南向き中央に建つ寝殿と、寝殿の東・西・北側に建つ妻子や一族が住む対屋(たいのや)を、渡殿(わたどの 屋根付き渡り廊下 ここに部屋を設ける場合もある)で繋ぎます。

建物の中央部分は母屋(もや)、母屋の外側・長く張り出した屋根の下の一間(約1.8m)ほどの空間は廂(ひさし)で、仕切って部屋(廂の間)として使う場合もあります。廂の周囲は、格子(こうし 格子状の板戸 蔀(しとみ)とも言う。上下半分に分れ(半蔀 はじとみ)、上半分は引き上げ、下半分は取り外し可能)と妻戸(つまど 両開きの戸)で屋外と区切られ、廂の外側は簀子縁(すのこえん 濡れ縁)があります。

寝殿、対屋の内部は、塗籠(ぬりごめ)という納戸など以外は、柱だけで壁がなく、仕切る場合は、御簾(みす すだれ)、障子(しょうじ 現在の襖 内側と外側から掛け金をかけてロックできる)、屏風や几帳(きちょう T字の柱に薄絹を下げた間仕切り)などを使います。第二帖で光る君が空蝉の寝所に侵入できたのは、襖の内側の掛け金がかかっていなかったから。

当時の建物の構造を少し頭にいれていただいたところで、光る君と空蝉の再びの逢瀬は、いったいどうなるのか、みてみましょう。

 

第三帖 <空蝉 うつせみ> (蝉のぬけがら 残された衣)

光る君は紀伊守が任国へ行って留守になった邸に小君と出かけました。夕闇の頃で、小君が格子を開けて廂の間に入ると、暑いためか屏風や几帳も片付けられていて、灯りのついた母屋が御簾越しに見通せます。光る君は、空蝉と伊予介の前妻が産んだ義理の娘・軒端荻(のきばのおぎ)が碁を打っているのを垣間見ることができました。

軒端荻は派手な顔立ちの美人で、衣をだらしなく着て白い肌が見えています。空蝉は目鼻立ちがぼんやりしているものの、重ね着をして、碁を打つ手先も袖で見えないようにしています。初めてはっきりと空蝉の姿を見た光る君は、嗜み深い様子に心ひかれます。

碁を打ち終わり、女房(にょうぼう 侍女)たちは廂の間で寝入ったようなので、光る君は小君の手引きで空蝉のいる母屋へ。気配を感じた空蝉は薄い衣をすべり落として抜け出し、傍らにいた軒端荻を起こした光る君は、すぐに間違いに気づきます。軒端荻はうろたえる感じもなく、光る君はそのまま関係を結んでしまいますが、心には空蝉がいるのでした。

残された衣を持ち帰った光る君は、小君に愚痴をこぼしつつ、空蝉の移り香の染みた衣をひいて眠ります。空蝉は、光る君の詠んだ歌を届けに来た小君を叱りつつ、衣を持ち帰られたことを知って心みだれるのでした。

空蝉の 身をかへてける 木の下に なほ人がらの なつかしきかな 光る君
ぬけがらの衣のこして逃げた あなたの人がらが なお懐かしくて 

「光る君へ」第5話で、陰陽師・安倍晴明が兼家に呼び出され呪詛を迫られたとき、母屋の灯りが消された途端、廂に居並んでいる貴族たちが御簾越しに浮かび上がって驚く、という演出がありました。光る君が気づかれずに垣間見できたのは、灯りのついた母屋にいる女性たちは、御簾の外、闇の中に居る方は見えにくいからということも、映像化していただくとよく分かります。

空蝉が衣を残してゆく印象深いシーン。光る君が逃げられてしまったのは、空蝉が一夜の逢瀬で、その気配と香しい匂いを覚えていたから。今も変わらぬおしゃれのひとつが香りで、当時は固形状の御香を薫らせた香炉に籠を伏せた上に衣を被せて香りを焚きしめました。

芳しい衣の香りは、纏う人本来の匂いと相まって、オリジナルな薫りを漂わせる。蝉の抜け殻のように残された、少し汗の匂いの入り混じった移り香のしみた衣も、光る君にとっては、空蝉そのもの。嗅覚の刺激は脳に直接届き、匂いに伴う記憶も呼び覚ます上に、薄い衣の柔らかさは触覚をも刺激して、空蝉はもとより、藤壺やほかの数々の逢瀬と共に、もしかすると亡くなった母・桐壺の更衣のほのかな記憶も、光る君は辿ろうとしていたのかもしれません。

空蝉が紫式部本人をもっとも反映しているといわれるのは、受領でかなり年上の藤原宣孝と結婚していることと、「紫式部日記」に「渡殿で寝ていたら戸を叩く人がいて怖くて声も出さずに夜を明かした」という記述があるため。日記には詳しく書かれていませんが、相手は道長だったと考えられ、紫式部は次に戸を叩かれたときには開けたのではないかと見なされているようで、「御堂関白道長妾云々」と注記のついた系図集もあります。

空蝉&軒端荻・取り違え事件は、「光る君」第15回、石山寺で「蜻蛉日記」の作者の息子・道綱が、まひろとさわを取り違える場面で再現されているように思います。さわは動じず、逆に道綱を引き寄せる勢いだったのは、大したことはない、よくあることだったのと、前の場面で顔を合わせた際に好感を持ち、その匂いを覚えていて、気配がしたときには「よし!!」むしろウェルカムだったのでは?

光る君は、取り違えてもそのまま関係を持ち、道綱は、謝って関係を持たないという違いはあるものの、二人の男性に共通しているのは、女性の嗜みのなさや積極性に興覚めしていること。閨に忍んだハンターに少しは抵抗して欲しい。抗われる感覚や羞恥心に萌える方たちとすれば、「夫婦の絆」の蜜子の可愛らしさの根源は何なのかというところからも、二人の女性が次にとるべき手管も学べそうではありませんか。

 

【源氏物語ゆかりの地めぐり・石山寺】
越前、大津、宇治で開催中の「光る君へ」大河ドラマ館・展。大河に登場すると、地元は大盛況になるようで、石山寺の境内にもうけられた「光る君へ びわ湖大津 大河ドラマ館 」は4月23日に来場者5万人を達成したとのこと。先日、訪れた際は、まひろやさわは、どのあたりにいたのかしらとドラマの登場人物の気配も探しておりました。石山寺本堂には古色を帯びた「源氏の間」が設けられ、紫式部が湖面に映る月を眺めて「源氏物語」の着想を得た様子をイメージすることができます。ゆかりの地をめぐる聖地巡礼は、いにしえより人々に楽しまれてきた文化ということですね。☆石山寺参道の店で購入できる「走り井餅」は絶品です。

 

「光る君へ」と読む「源氏物語」
第1回 第一帖<桐壺 きりつぼ>
第2回 第二帖<帚木 ははきぎ>

 

 


 

 

『陰翳礼賛』じゃないですが、闇の中の出来事であり、だからこそ特に「匂い」が意味を持ってくるというところに、独特の情感を感じます。これはどうやっても映像作品では表せない、文学でしか表現できない場面といえるかもしれません。

会えなかった人の衣を持ち帰ってその匂いや肌触りで想いを馳せるって、フェチっぽいとか、しかもその場で他の女と関係持ってるとか、それも抵抗されなかったことにちょっと引いてるとか、冷静に考えるとどうなんだろうと思っちゃいそうですが、それもまた良しです。
次回も楽しみです!

 

 

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